テレビ今昔物語⑭
以前にも書きましたが、私が高校生から大学に入る前後にかけて、世の中の矛盾がいろいとと噴出し始めたような時期でした。
学生運動やデモ・ストライキなどの労働運動は盛んでしたし、公害問題は次々と告発され始め、また実際に患者さんたちが、苦しまれておりました。
この苦しみは、私自身も感じていましたし、またテレビもその矛盾を現し始めました。当時、私はよくNET(今のテレビ朝日)のモーニングショーを見ていたのですが、その司会者の奈良和さんも、司会者の苦悩を体現してらっしゃるようにお見受けいたしました。私が大学生のときの奈良さんは画面上、明らかにストレスを内在させているような顔をなさっておられました。視聴者にもそれがすぐにわかりました。
奈良さんはとても優しそうな方でした。でも『奈良和モーニングショー』の放映中、ほとんど発言はなさいませんでした。ただサブ司会者の溝口さんなどが、意見を求めると、突然「この問題はですね・・・」と雄弁になり、長々と自分の意見を述べます。大学生の私は「奈良さんは、放送前から、この長いセリフを考えていたんだな」と思いました・・・・奈良さんばかりではありません。テレビワイドーやニュースなどの司会者やアンカーマンたちは、今から考えてみれば、大変な仕事をなさっておられたと思います。多くの方々が病に倒れておられます。
それと言いますのも・・・・現在のワイドショーやニュースには、必ずコメンテーターが存在しますが、当時はそういう存在はいませんでした。ですから、NHKの7時のニュースのように、ひたすらニュースを発表するか、またはワイドショーの司会者や民放ニュース番組のアンカーマンのように、すべてを引き受けて、自分中心に一切合財を処理しなければならなかったのです。もちろん、それは難しいので、番組前にいろいろと準備をなさり、またプロデューサーやディレクターの考え・・・CM提供者の希望思惑も取り入れるのでしたが、それは大変なことでしたでしょう・・・しかも休みを取ることもままならず・・・とにかく大変な重労働だったと、心より同情いたします。
当時のことを奈良さんは後日「あのころは、ストレスがひどくて、正常ではなかった。食べてストレスを発散しようとして、ひどく太った」などと述懐しておられます。
現在、私がワイドショーやニュースを見るとき、「今の司会者はずいぶん楽だな」とつくづく思います。問題点があれば、コメンテーターの方を向いて、「これについては、どう思いますか?」と質問すればいいんですから。自分の発言に責任を持たなくいていい・・・というのは、とにかく楽なんですね。
でも現在のような形になったのは、先人たちのおかげ。私たちは、先人たちのご苦労に、心より感謝せねばならないと思います。また物故された方たちのご冥福をお祈り申し上げたいと思います。
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