テレビ今昔物語⑥
前回は科学主義によって、少年の私が不幸になったという話を書きました。
その理由は・・・学校の先生たちが私に向かって「君は成績がいいから、理科系に進みなさい」と半ば、強制的に私を指嗾したことでした。指嗾という言い方が悪ければ、熱心に勧めた・・・というところでしょうか?・・そうなのです。先生たちも、おしなべて「科学主義」の信奉者なのでした。「テレビに代表される科学技術の進歩こそが、人類に確実な幸福をもたらす」・・・ほとんどの方が、こう考えておられたのでした。
かくいう私は学校時代の成績は、自慢するつもりはありませんが、中学のときは「オール5」(ただし田舎中学)。高校のときも、学年で10番以内に入っておりました。つまり「一応何でもできた子(ただし体育はそれほど得意ではない」でした。
このような生徒は、私の他にも多数おりましたが、皆全員と言っていいくらい、理科系にほぼ強制的に進学したのでありました。
あとで考えると、これはかなりの悲劇でした・・・なぜなら科学技術と言いますのは、料理で言えば「器」。「器」がいくら立派でも、肝心な味がおいしくないと、その料理はブタの餌にしかならないでしょう・・・このことに気づいたのが、大学で理科系の勉強をしているとき。
『そうだ、自分は、文科系に行くべきだったんだ。兵器開発が進んでも、抑止力どころか、戦争が頻発するだけじゃないか』・・・まさに、「遅かりし、由良之助」の心境でございました。
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